2024年01月16日
技術展開
造船技術の他分野展開〜技術遺産をどう活かすか〜
起業・経営に役立つ知識
造船業は大変裾野の広い産業の一つです。そして、必要な技術も多岐にわたります。ちょっと考えただけでも、分厚い鋼板を切断し、折り曲げる金属加工の技術、鋼板同士をくっつける溶接技術、そして、大きな船を効率よく組み立てる組み立て技術など実に様々な技術が必要とされます。
そして、このような造船業の長い歴史の中で蓄積された造船技術は、さまざまな分野への展開が考えられます。ここでは、この「遺産」とも言うべき代表的な造船技術をいくつか紹介し、これらの技術の今後の応用展開について考えてみたいと思います。
造船技術とは
造船技術は、船舶を建造するための技術です。つまり、船を作るための科学的知識と実際の技術の組み合わせです。これには船体設計、船体構造、船体材料、船舶エンジン、船舶電子機器、安全規制、船舶運航など、船舶に関連するさまざまな分野が含まれます。
造船技術はその歴史が長く、様々な知見が蓄積されています。また、船舶に必要などんな環境でも確実に動作するという「信頼性」を重視した技術です。そのため、技術の基本的な考え方や「技」が集約されており、「基本や原理・原則に忠実」な技術でもあります。
つまり、地味ではありますが、製造業やものづくりの基本となる考え方や方法論の宝庫と言える分野といえます。
造船技術の特徴
造船技術は、長い歴史と進化を経て、船舶建造のための専門的な技術と知識を包括しています。以下に、造船技術の主な特徴をいくつか挙げます。
厳格な規制と標準
造船業界は、国際的な規制と標準に従って運営されています。国際海事機関(IMO)によって策定された規制が、船舶の安全性、環境保護、および航行の安全性を確保するために適用されています。つまり、船を造る際にもこの規制にのっとって建造されます。
高度な設計技術
現代の造船技術は、コンピュータ支援設計(CAD)やコンピュータ支援工学(CAE)などの最新の技術を活用しています。これにより、船体設計の精度が向上し、船舶の性能や効率性が向上します。特に流体力学を考慮しなければならない船体の周囲の水の流れの解析や、船体の強度解析にはコンピュータが欠かせません。
特殊な材料と構造
大型船舶や特殊用途の船舶の建造には、特殊な耐久性を持つ材料や複合材料が使用されています。また、船体構造は、高い安全性と強度を確保するために最適化されています。
なお多くの場合、特殊な材料は加工がしにくく、長年の経験や高い技術に基づく高度な加工技術が求められます。
環境への配慮
近年、環境への配慮がますます重要視されています。船舶の燃費改善や排出ガスの削減、廃棄物の管理など、持続可能な船舶建造と運航が求められています。ここではエネルギー管理技術・環境技術が求められます。
自動化とデジタル化
自動化技術やデジタル技術の導入により、船舶の運航管理や船舶の設備管理が効率化されています。また、自動操縦システムや船舶の遠隔監視システムなど、船舶の運航における自動化が進んでいます。近年では、人工知能を導入し航路の最適化を図るシステムも登場しています。そして、ここではシステム技術やITの技術が活用されます。
信頼性の確保
これらの効率化や自動化の技術は信頼性を十分確保したうえで行われています。つまり、これらの先端的な技術が確実に動作することと、十分な信頼性を確保することの両立が行われているのです。
なお、信頼性の高さは本質的に数値化することはできず、一つ一つの業務を丁寧・誠実にこなし、業務の品質を良くすることが信頼性の高さにつながります。つまり、技術者や技能者の属人的な能力(経験・勘・コツコツやれる能力など)に依存しています。
これらの特徴により、信頼性を確保しつつ、安全性、効率性、環境配慮、およびデジタル化の面で大きな進化を遂げています。さらに、持続可能な航行や環境への影響の低減など、さまざまな側面での、より一層の技術革新が求められています。
造船技術の具体例
船体技術
船舶の外観、形状、および構造を設計するプロセスです。外観設計はデザイン性や荷物の揚げ降ろしのやりやすさ、形状設計は船舶の流体力学、船体安定性、および水の抵抗、構造設計は強度、水が浸入しにくいこと、居住性などを考慮する必要があります。
また、船体のフレーム、プレート、リベット、および溶接などの構造材料の選定や加工組立には、信頼性や効率性、組み立ての確実さなどを考慮する必要があります。
エンジン技術
船舶の推進力を提供するためのエンジンや推進システムに関する技術です。これにはディーゼルエンジン、ガスタービンエンジン、および電気推進システムなどが含まれます。
なお、エンジン技術でも、信頼性の確保は最重要です。また、故障個所がすぐにわかることや修理がやりやすいことなども重要です。もっとも、近年では複数の種類の燃料が使えることや、燃費の向上を通して運航経費の削減や地球環境保護を意識したエンジンも登場しています。
船舶電子機器
船舶の安全性、通信、および運航をサポートするための電子機器やシステムに関する知識が含まれます。これにはレーダー、GPS、通信システム、および自動制御システムなどが含まれます。
そして、この電子機器でも信頼性の高さは最重要です。具体例を挙げれば、航行中にGPSが止まってしまったら、遭難の危険があります。そのため、船舶用電子機器には「止まらない・故障しないこと」が求められるのです。
造船技術の応用展開
造船技術の応用展開には二つの考え方があると思われます。一つは「海洋分野」、もう一つは「信頼性の高さを活かす分野」です。それぞれ見ていきましょう。
海洋分野
浮体式風力発電所や海洋資源の探査採掘プラットフォーム、海洋清掃用の特殊船舶や海洋生態系の保護に役立つ施設、海洋観測船や海洋観測プラットフォームなどの「海洋開発に必要な構造物」の建造に造船技術が活かせると考えられます。
造船業はその長い歴史の中で「海」の利用に関して高い知見を持っており、それを「海洋技術」という形で実現しています。これを活かすという方向性です。この方向性は、造船業なら素直に受け入れられる方向性であろうと思います。
信頼性の高さを活かす分野
もう一つ、造船業の技術の持つ「信頼性の高さ」を別の分野で生かすという方向性です。例えば「宇宙・航空分野」や「エネルギー分野」、「環境分野」です。「インフラ分野」も考えられるでしょう。
造船技術は「基本や原理・原則に忠実」という特徴があります。この特徴を長く保った結果、極めて確実にものづくりをおこなう能力を獲得しています。そのため、その結果である製品は高い信頼性を持っています。そして、この「高い信頼性」がこれらの分野では要求されるのです。
もちろん、新たな分野への挑戦になりますから、困難が発生し、工夫は必要になると思います。しかし、このような道もあるのです。これらの分野へのアンテナを高くしておくことで、参入のチャンスがあるかもしれません。
造船技術の他分野への応用は発想を柔軟にする必要があります
以上、造船技術の特徴と具体例、そして応用展開について考えてきました。近年、産業構造の変化により、造船業に代表される「重厚長大」型産業から、半導体産業に代表される「軽薄短小」化が急激に進んでいます。このような変化の中で、一般的には造船技術は「レガシー技術」とされ、地味で忘れされられた技術と見なされてきました。
しかし、その技術は製造業に必要な技術の基本的な考え方が凝縮されて蓄積されており、近年の環境技術に代表される新しいニーズの高まりにより、少しずつ再発見されてきています。造船業に携わる経営者や技術者は広い視野と柔軟な発想を持って市場を見ると共に、長年培ってきた自らの技術に自信を持つことが求められます。
どの分野でも、どのような技術が新しいニーズを実現するかは一見では分かりません。自らの技術を磨きつつ「アンテナを高くしておく」こと。それが、造船技術の新たな展開につながるのではないでしょうか。